2007年04月30日
気結び三千
前回に続き、人生の師の教えである、武道の技の考えを日常の生活に如何に生かすか、
自分流の表現で書き留めておきたいと思います。
先ず、「三千」ですが3000の数字ではなく「如何に多いか」と言う言葉の形容詞的表現と理解してください。
ある日、薄暗い夜道を帰るとき、突然数人の人に取り巻かれ襲われたとします。その時の対処法の技に『気結び三千』と言う技があります。
襲う人には殺気を持っています。四方八方からの殺気を感じ、次々と投げ、突き、当て、蹴り、避けたりと技の型を駆使して、護身に対処します。
「殺気を感ずる」と言う状態とは、相手の持つ「気」と自分の「気」が結びついた時に生じ、これを「気結びと」言います。
日常に於いても、家庭や仕事に多くの人との『気結び』をしながら一日が過ぎていく訳ですが、
中には、相手の気を察せず「失礼をしてみたり」、又は過敏に感じて「誤解を招いたり」と失敗があります。失敗しないためにも、『気結ぶ三千』、日常生活では「気配り三千」を修練して効率の良い方法(技)を磨き、感度の良い「気」を結びつけ幸せになりたいものです。
押し潰されそうな情報の渦の中で、自分のための良い情報を効率よく取捨選択し、整理整頓しておく。
これも『気結び三千』の技で、四方八方か押し寄せる情報を処理していけたらと思う毎日です。
ブログも「気結び」の手段の一つなのかも知れません。
自分流の表現で書き留めておきたいと思います。
先ず、「三千」ですが3000の数字ではなく「如何に多いか」と言う言葉の形容詞的表現と理解してください。
ある日、薄暗い夜道を帰るとき、突然数人の人に取り巻かれ襲われたとします。その時の対処法の技に『気結び三千』と言う技があります。
襲う人には殺気を持っています。四方八方からの殺気を感じ、次々と投げ、突き、当て、蹴り、避けたりと技の型を駆使して、護身に対処します。
「殺気を感ずる」と言う状態とは、相手の持つ「気」と自分の「気」が結びついた時に生じ、これを「気結びと」言います。
日常に於いても、家庭や仕事に多くの人との『気結び』をしながら一日が過ぎていく訳ですが、
中には、相手の気を察せず「失礼をしてみたり」、又は過敏に感じて「誤解を招いたり」と失敗があります。失敗しないためにも、『気結ぶ三千』、日常生活では「気配り三千」を修練して効率の良い方法(技)を磨き、感度の良い「気」を結びつけ幸せになりたいものです。
押し潰されそうな情報の渦の中で、自分のための良い情報を効率よく取捨選択し、整理整頓しておく。
これも『気結び三千』の技で、四方八方か押し寄せる情報を処理していけたらと思う毎日です。
ブログも「気結び」の手段の一つなのかも知れません。
2007年04月28日
真空の気
『真空の気』この言葉も人生に師に教わった言葉です。そして私の好きな言葉の一つになりました。
武道の技のひとつですが、昔、「姿三四郎」と言う映画があり、相手がおそって来るところを、体に触れず投げ飛ばす。その場面では、子供心ながら溜飲の下がる思いで、映画が終ると未だその雰囲気が覚めやらず、英雄取りで映画館を出てきた事をおかしく思い出します。
この技を一言で言えば、相手の気と自分の気を結び操る事とです。師は武道の技を日常生活の中で実践するように教えます。私も家庭や仕事で心がけるように努めています。
襲う気もあれば、親交を深めようという気もあります。家庭の中でも、夫婦、子供との間でさえ、目に見えませんが、真空の中で数え切れないほど気のやり取りをしています。
この数多くの「気」を操るでは言葉が悪いですが、お互いの気を最善の方向に持って行き、幸せになる事が『真空の気』の極意の技だろうと思います。
「相手の気持ちを読む」「相手の立場に立つ」、この心も「真空の気」だと思います。
師の言葉を以上のように私なりに解釈しました。この事を忘れないうちに記しておこうと、ブログにしたためました。
今、ふと、思ったんですが、ブログは「思考」の貯金箱ででもあるのかなと・・・・・。
武道の技のひとつですが、昔、「姿三四郎」と言う映画があり、相手がおそって来るところを、体に触れず投げ飛ばす。その場面では、子供心ながら溜飲の下がる思いで、映画が終ると未だその雰囲気が覚めやらず、英雄取りで映画館を出てきた事をおかしく思い出します。
この技を一言で言えば、相手の気と自分の気を結び操る事とです。師は武道の技を日常生活の中で実践するように教えます。私も家庭や仕事で心がけるように努めています。
襲う気もあれば、親交を深めようという気もあります。家庭の中でも、夫婦、子供との間でさえ、目に見えませんが、真空の中で数え切れないほど気のやり取りをしています。
この数多くの「気」を操るでは言葉が悪いですが、お互いの気を最善の方向に持って行き、幸せになる事が『真空の気』の極意の技だろうと思います。
「相手の気持ちを読む」「相手の立場に立つ」、この心も「真空の気」だと思います。
師の言葉を以上のように私なりに解釈しました。この事を忘れないうちに記しておこうと、ブログにしたためました。
今、ふと、思ったんですが、ブログは「思考」の貯金箱ででもあるのかなと・・・・・。
2007年04月27日
伝わる話、売れる作品
25日NHKスタジオパークに、軽妙な司会をされていた元アナウンサーの
山川静夫さんが出演されていました。
主に脳梗塞で失語症に陥り、懸命なリハビリで現場復帰される
お話でしたが、その中に、話術の事に触れるお話があり、「伝える話」と「伝わる話」があり、
当然、話すなら「伝わる話」をしなければなりません。有働アナウンサーが、
その秘術を質問していました。山川静夫さんの答えは、「いい人間で無ければならない」と言う
含蓄のある一言でした。
又「いい人間とは、お人良しと言う事ではない」と付け加えていました。
さて、私の場合、「話」を「作品」に置き換えて考えて見ますと、「売る作品」と「売れる作品」
に分かれるわけですが、当然、「売れる作品」を作らねばなりません。そのためには『いい人間』
でなければならない。果たして自分を省みると「う~ん」と唸ってしまいます。
いずれにしても、日常あらゆる面で、鍛錬精進に励むしかないようです。
山川静夫さんのお話、『良く伝わるお話』でした。
この私の作品、「売れる作品」だったのでしょうか??????。
↓

生協 ファッションまつやま 展示会より
山川静夫さんが出演されていました。
主に脳梗塞で失語症に陥り、懸命なリハビリで現場復帰される
お話でしたが、その中に、話術の事に触れるお話があり、「伝える話」と「伝わる話」があり、
当然、話すなら「伝わる話」をしなければなりません。有働アナウンサーが、
その秘術を質問していました。山川静夫さんの答えは、「いい人間で無ければならない」と言う
含蓄のある一言でした。
又「いい人間とは、お人良しと言う事ではない」と付け加えていました。
さて、私の場合、「話」を「作品」に置き換えて考えて見ますと、「売る作品」と「売れる作品」
に分かれるわけですが、当然、「売れる作品」を作らねばなりません。そのためには『いい人間』
でなければならない。果たして自分を省みると「う~ん」と唸ってしまいます。
いずれにしても、日常あらゆる面で、鍛錬精進に励むしかないようです。
山川静夫さんのお話、『良く伝わるお話』でした。
この私の作品、「売れる作品」だったのでしょうか??????。
↓
生協 ファッションまつやま 展示会より
2007年04月25日
散策の花たち
昨日まで、作品づくりや家の事に追われ、息つく間もなかったの疲れをおぼえます。
今日は一日無理に休息と決定。
久しぶりに、愛犬[ナル」を連れて、裏山を散歩しました。
道の片隅に小さな花を見つけ、あまり綺麗なので、デジカメに収めました。
ふと、デザインに役立つのでは、と、仕事が頭を持ち上げます。
いや、今日は次のステップの為の休息と、自分に言い聞かせて帰途に着きました。


今日は一日無理に休息と決定。
久しぶりに、愛犬[ナル」を連れて、裏山を散歩しました。
道の片隅に小さな花を見つけ、あまり綺麗なので、デジカメに収めました。
ふと、デザインに役立つのでは、と、仕事が頭を持ち上げます。
いや、今日は次のステップの為の休息と、自分に言い聞かせて帰途に着きました。
2007年04月24日
ブログの絵馬
22日「戌の日」に安全・子育ての神様を祭っています江平の「子安観音」に
我が家の嫁の安産の祈願に行き、初孫の出生の無事を祈って
「絵馬」に記しました。
「感慨無量の日」を孫が物心付く頃に見せようと、ブログに残す事にしました。
本当にブログとは、人生の「一齣」を残し、これ又、感無量でした。
我が家の嫁の安産の祈願に行き、初孫の出生の無事を祈って
「絵馬」に記しました。
「感慨無量の日」を孫が物心付く頃に見せようと、ブログに残す事にしました。
本当にブログとは、人生の「一齣」を残し、これ又、感無量でした。
2007年04月22日
検索の方法
昨日、「pasokonkon教室」の先生にコメントで「プラグイン」と言う言葉を私が知っている事に驚き、うれしかったようです。教室に通って間もない私ですから当然です。
おおよそ解るのですが自信を持って使えないので、その時はパソコンで検索しました。検索方法で辞書が出てくる事を、あることから知りました。
ヤフオクでキャッチコピーを書くのに、布などの名称に横文字がやたらと出てきて解らない時、電話で取引先の知人に聞くわけです。
すると彼は、「シャンブレーとは」と質問する言葉の後ろに必ず「とは」と言う言葉をつぶやきながら付けて、パソコンで検索してる様子が分かります。何回か聞くうちに私も気づき、[シャンブレー」で検索すると辞書は出てきませんが、[シャンブレーとは」で検索すると一ページの頭に枠つきで辞書が出てくるではないですか。初心者の私には驚くやら、嬉しいやらでした。と言う訳で[プラグインとは」で意味も良く解り自信をもって使うことが出来ました。
横道にそれて恐縮ですが、ここでコマーシャルメッセージを一つ。
「シャンブレー」とは、布の織り方の名称です。下の写真は、この生地を使ったスカーフです。
近日、ヤフオクに出品予定の私の作品と言うべきか商品です。よろしく[クリック]のほどお願いします。
おおよそ解るのですが自信を持って使えないので、その時はパソコンで検索しました。検索方法で辞書が出てくる事を、あることから知りました。
ヤフオクでキャッチコピーを書くのに、布などの名称に横文字がやたらと出てきて解らない時、電話で取引先の知人に聞くわけです。
すると彼は、「シャンブレーとは」と質問する言葉の後ろに必ず「とは」と言う言葉をつぶやきながら付けて、パソコンで検索してる様子が分かります。何回か聞くうちに私も気づき、[シャンブレー」で検索すると辞書は出てきませんが、[シャンブレーとは」で検索すると一ページの頭に枠つきで辞書が出てくるではないですか。初心者の私には驚くやら、嬉しいやらでした。と言う訳で[プラグインとは」で意味も良く解り自信をもって使うことが出来ました。
横道にそれて恐縮ですが、ここでコマーシャルメッセージを一つ。
「シャンブレー」とは、布の織り方の名称です。下の写真は、この生地を使ったスカーフです。
近日、ヤフオクに出品予定の私の作品と言うべきか商品です。よろしく[クリック]のほどお願いします。
2007年04月21日
プラグイン
ご覧下さい。お気ずきですか?左のサイドバー一番上のプラグイン。
「YAHOOオークション」にリンクのプラグインが、装いも新たに登場しました。
昨日「pasokonkon教室」でご指導頂き出来上がりました。
背景の青い部分のデザインは、下の写真のジャケットに、私が有松絞りしました部分を切り抜いたものです。
気になられる方は、「クリック」してみて下さい。今一点しか残っていませんが、随時出品します。
よろしくお願いします。

生協の「ファッション まつやま」と言うお店に展示してあります。
お客様が手にとるせいか、ゆがんで写ってしましました、
「YAHOOオークション」にリンクのプラグインが、装いも新たに登場しました。
昨日「pasokonkon教室」でご指導頂き出来上がりました。
背景の青い部分のデザインは、下の写真のジャケットに、私が有松絞りしました部分を切り抜いたものです。
気になられる方は、「クリック」してみて下さい。今一点しか残っていませんが、随時出品します。
よろしくお願いします。
生協の「ファッション まつやま」と言うお店に展示してあります。
お客様が手にとるせいか、ゆがんで写ってしましました、
2007年04月20日
法華岳とブログの効果
ブログを初めて約半月。私の意識の中に何か変化している意識を感じます。毎朝の散歩でも薄々
感じてはいたのですが、今日、法華岳に石楠花を見に行きはっきりしました。
日頃、作品のデザイン上のネタ探しの意識はあるんですが、ブログを始めてからは、そのネタ探しも
加わり、探索の意欲も増し、観察する幅も広がり、何かと周りの事物が気になります。
毎年、この季節になると法華岳の石楠花を観賞しに来ます。今年は石楠花も少なく、人もまばらで、
閑散としていますが、周りの景色だけがいつもより映えて見えます。やたらと絵になるような
景観が目に留まりシャッターを押します。いつもの法華岳とは違って見えます。
この調子だとデザインソースも増え、作品制作に役立ちます。この意識、どうも「ブログ」の所為の
様に思え、有り難く、御礼申し上げます。



感じてはいたのですが、今日、法華岳に石楠花を見に行きはっきりしました。
日頃、作品のデザイン上のネタ探しの意識はあるんですが、ブログを始めてからは、そのネタ探しも
加わり、探索の意欲も増し、観察する幅も広がり、何かと周りの事物が気になります。
毎年、この季節になると法華岳の石楠花を観賞しに来ます。今年は石楠花も少なく、人もまばらで、
閑散としていますが、周りの景色だけがいつもより映えて見えます。やたらと絵になるような
景観が目に留まりシャッターを押します。いつもの法華岳とは違って見えます。
この調子だとデザインソースも増え、作品制作に役立ちます。この意識、どうも「ブログ」の所為の
様に思え、有り難く、御礼申し上げます。
2007年04月19日
作品[パキラ」
私の作品を極簡単に紹介します。
「パキラ」をデザインしてタペストリーを創りました。
このパキラをスケッチしました。

スケッチをデザイン化してデフォルメし型紙を作りました。
切り取られた部分に糊を乗せ乾かします。
型紙を取り、柿渋を任意の色になるまで刷毛染めします。

糊を落とすと、下のような作品になりました。
如何がでしょう? 出来栄えは・・・・・。

昨日投稿しました[老木の顔」をいつか柿渋で表現したいと考えています。
出来ましたら照会します。
「パキラ」をデザインしてタペストリーを創りました。
このパキラをスケッチしました。
スケッチをデザイン化してデフォルメし型紙を作りました。
切り取られた部分に糊を乗せ乾かします。
型紙を取り、柿渋を任意の色になるまで刷毛染めします。
糊を落とすと、下のような作品になりました。
如何がでしょう? 出来栄えは・・・・・。
昨日投稿しました[老木の顔」をいつか柿渋で表現したいと考えています。
出来ましたら照会します。
2007年04月18日
老木の顔
昨日は老木の威厳に満ちた立ち姿を見ましたが、その顔を人目みたいと思うのは人情で、
その顔つきを食い入るように見つめてみました。さすが形相も幾年の間に刻み込まれた
樹皮は、人間に例えればシワのなのかと思いつつ、苦難ばかりでは無いでしょうが、
人品ならぬ樹品を感じます。今度は顔全体を見ますと、ねじれ、よじれの形、刻み込まれた溝の形状、その総合的な凸凹のバランスなど、自然の作った造形の美を観ます。
ふと、この造形美をキャンパスに描いてみたらと思うと、その楽しみに胸が膨らみます。


その顔つきを食い入るように見つめてみました。さすが形相も幾年の間に刻み込まれた
樹皮は、人間に例えればシワのなのかと思いつつ、苦難ばかりでは無いでしょうが、
人品ならぬ樹品を感じます。今度は顔全体を見ますと、ねじれ、よじれの形、刻み込まれた溝の形状、その総合的な凸凹のバランスなど、自然の作った造形の美を観ます。
ふと、この造形美をキャンパスに描いてみたらと思うと、その楽しみに胸が膨らみます。
2007年04月17日
老木
前回は[芽吹く」と題し、若葉の誕生の思いを綴りましたが、反面、老いいく木々も目に留まり、その姿が心のどこかに残り、
今朝はカメラ片手に探究を目的に出かけて来ました。
遠くから朽ち果てた肌をあらわに立ち憚る姿態を見ると、凄みを感ずると同時に,
風雨にさらされ、辛苦をなめ尽くし、その変貌を物ともせず、
包容と威厳すら感じます。
今尚、大地に立脚し朝日を浴びる姿に美すら感ずる朝でした。


今朝はカメラ片手に探究を目的に出かけて来ました。
遠くから朽ち果てた肌をあらわに立ち憚る姿態を見ると、凄みを感ずると同時に,
風雨にさらされ、辛苦をなめ尽くし、その変貌を物ともせず、
包容と威厳すら感じます。
今尚、大地に立脚し朝日を浴びる姿に美すら感ずる朝でした。
2007年04月14日
芽吹く
新学期・新入社員などなど「新」の付く時節ですが、初春とは違って躍動感を感じさせる
新しさです。
散歩道にも植物の芽吹きを至る所に観ます。その中でも冬の寒さを耐え春を待って
一挙に芽生えたもの、枯れ枝から再生したのではと思わせるような芽吹き、
又は、大きな重圧を跳ね除けて飛び出てきたものなどをを見つけ、
人生のある示唆を感じ、「まだまだ」と「今日も」と充実感を感じた朝でした。



新しさです。
散歩道にも植物の芽吹きを至る所に観ます。その中でも冬の寒さを耐え春を待って
一挙に芽生えたもの、枯れ枝から再生したのではと思わせるような芽吹き、
又は、大きな重圧を跳ね除けて飛び出てきたものなどをを見つけ、
人生のある示唆を感じ、「まだまだ」と「今日も」と充実感を感じた朝でした。
2007年04月12日
聴音座禅
私の人生の師匠から教わった座禅があります。
「精神を統一して無念夢想の境地に入り心を清める。」
これが座禅の目的ですが、頭の中はすべての雑念を払い思考せず
空っぽにして心身を無垢の状態に鍛えるわけですが、これがなかなか出来ない。
一分もしない内に雑念だらけになっています。
師匠に言いましたら「聴音座禅」と言う方法を教えて頂きました。
家の内外問わず、静かな所に身を置き、姿勢を正す。次に
呼吸をゆっくりと整え、頭は何も考えず心は何も思わず、一つの音に耳を
澄ます。小鳥のさえずり、枝葉のすれる音、足元を吹き抜けていく風の音、
遠くに聞こえる何かの音などなど集中して聞く。
これが[聴音座禅]ですが、これも最初のうちは出来ませんが、
練習すれば案外出来るときもあります。五分も続けば、心の雑念や乱れが
取り払われ、すっきりとした素直な純粋な気持ちになっています。又は、
なったような気がします。素直な自分になっている事に気ずきます。
私は就寝時(寝ていても良い)、又は散歩の途中、下の風景の前で目を閉じて行い、
ストレスの解消に役立たせています。
「精神を統一して無念夢想の境地に入り心を清める。」
これが座禅の目的ですが、頭の中はすべての雑念を払い思考せず
空っぽにして心身を無垢の状態に鍛えるわけですが、これがなかなか出来ない。
一分もしない内に雑念だらけになっています。
師匠に言いましたら「聴音座禅」と言う方法を教えて頂きました。
家の内外問わず、静かな所に身を置き、姿勢を正す。次に
呼吸をゆっくりと整え、頭は何も考えず心は何も思わず、一つの音に耳を
澄ます。小鳥のさえずり、枝葉のすれる音、足元を吹き抜けていく風の音、
遠くに聞こえる何かの音などなど集中して聞く。
これが[聴音座禅]ですが、これも最初のうちは出来ませんが、
練習すれば案外出来るときもあります。五分も続けば、心の雑念や乱れが
取り払われ、すっきりとした素直な純粋な気持ちになっています。又は、
なったような気がします。素直な自分になっている事に気ずきます。
私は就寝時(寝ていても良い)、又は散歩の途中、下の風景の前で目を閉じて行い、
ストレスの解消に役立たせています。
2007年04月11日
ヤフオクの展示会
一昨日、「パソコンこん教室」でヤフオク出品の手ほどきを受けているとき、
「ヤフオクは全国区的展示会でスゴイ」と思い、展示会をテーマに記事をと思いつき
昨日のような小話を書きました。が、実際の展示会は、会場の中を多くの人が小話のような
感情の起伏を持ち歩き、右往左往している様は、一歩下がって三者的立場から見るとドラマを
見ているようでほっとします。ところがヤフオクの展示会は、「落札された時の歓喜」[されない時の悲哀」、の二つに賭けて、スリリングを味わう。それは、それなりに楽しく出品する。やはりヤフオクは
展示会ではないようです。会場を自我自賛してさ迷うことを昨日は反省と書きましたが、
反省する必要はなく、展示会は大いに自画自賛して成り立っている事を今、気付きました。
自画自賛していないと生きていけない事も。
ところで、今日も自我自賛の作品を一つ。 ジィ~と見つめながら・・・・。

「一貫張り」です。ご存知の方は多いと思いますが、将来は「一貫張り」の同好会を作りたいと
夢をみています。
「ヤフオクは全国区的展示会でスゴイ」と思い、展示会をテーマに記事をと思いつき
昨日のような小話を書きました。が、実際の展示会は、会場の中を多くの人が小話のような
感情の起伏を持ち歩き、右往左往している様は、一歩下がって三者的立場から見るとドラマを
見ているようでほっとします。ところがヤフオクの展示会は、「落札された時の歓喜」[されない時の悲哀」、の二つに賭けて、スリリングを味わう。それは、それなりに楽しく出品する。やはりヤフオクは
展示会ではないようです。会場を自我自賛してさ迷うことを昨日は反省と書きましたが、
反省する必要はなく、展示会は大いに自画自賛して成り立っている事を今、気付きました。
自画自賛していないと生きていけない事も。
ところで、今日も自我自賛の作品を一つ。 ジィ~と見つめながら・・・・。

「一貫張り」です。ご存知の方は多いと思いますが、将来は「一貫張り」の同好会を作りたいと
夢をみています。
2007年04月10日
展示会での意識
油絵や水墨画など教わっている頃、展示会に出品していました。
又、工芸の仲間と染色クラフト作品の展示会もしたことがあります。
展示会での自分の意識を覗いてみると、お客様は私の作品をどう評価しているのか
気になって気になってなりません。内心は自画自賛している訳ですから、
私の作品の前では足を止めるはずと思っている。ところが素通り。
私だけが、このような自我意識と行動をしている事に気づき、反省するを
繰り返します。ところが、出品している方々を見ていると、皆さん、けっこう
私と同じ心理状態の人が多いようです。
ある展示会での事、ある作品の前で、1人の人がジィーと微動だももせずに見つめている。
その両わきを二人の方が何気なく見ている。余程の名作と私も見ます。腕組みをして。
しばらくすると、周りに観客が増えています。ところどころで感嘆の声が聞こえます。
左程の作品とは思えず、我慢できずに、真中でジィーと見て居た人に「何が良いのですか」
と、聞いてみました。「いや~私の作品ですので・・・・」。すると、
周りの感嘆した人々が、三々五々と潮が引くように散っていきました。
ところで、私の自我自賛の作品を掲示します。ジィーと見ながら・・・・。

柿渋染めのタペストリーです。題名は「睡蓮」です。
又、工芸の仲間と染色クラフト作品の展示会もしたことがあります。
展示会での自分の意識を覗いてみると、お客様は私の作品をどう評価しているのか
気になって気になってなりません。内心は自画自賛している訳ですから、
私の作品の前では足を止めるはずと思っている。ところが素通り。
私だけが、このような自我意識と行動をしている事に気づき、反省するを
繰り返します。ところが、出品している方々を見ていると、皆さん、けっこう
私と同じ心理状態の人が多いようです。
ある展示会での事、ある作品の前で、1人の人がジィーと微動だももせずに見つめている。
その両わきを二人の方が何気なく見ている。余程の名作と私も見ます。腕組みをして。
しばらくすると、周りに観客が増えています。ところどころで感嘆の声が聞こえます。
左程の作品とは思えず、我慢できずに、真中でジィーと見て居た人に「何が良いのですか」
と、聞いてみました。「いや~私の作品ですので・・・・」。すると、
周りの感嘆した人々が、三々五々と潮が引くように散っていきました。
ところで、私の自我自賛の作品を掲示します。ジィーと見ながら・・・・。

柿渋染めのタペストリーです。題名は「睡蓮」です。
2007年04月09日
桃源郷の四枚の写真
桃源郷のことで三回目の記事ですが、ボツボツ終りたいと思います。
今朝も写真を撮ってきましたが、面白い写真が出来上がりました。
意図して撮っている訳ではありませんが、何か雰囲気のある表現になります。
先ずは写真を見てください。
一番目は逆光の効果だと思います。後三枚は木の下に寝そべり真上を撮りました。
昨日、記事に書きました、デザイン化したい構図の部分です。




どうでしょう?
偶然ですが、創作的な表情のある写真に見えませんか?
(やはり、私の独りよがりな目の狂いなんでしょうね?)
今後は、時々「散歩道」をテーマに路傍の何気ない自然の表情を、
写真掲載したいと思います。
今朝も写真を撮ってきましたが、面白い写真が出来上がりました。
意図して撮っている訳ではありませんが、何か雰囲気のある表現になります。
先ずは写真を見てください。
一番目は逆光の効果だと思います。後三枚は木の下に寝そべり真上を撮りました。
昨日、記事に書きました、デザイン化したい構図の部分です。

どうでしょう?
偶然ですが、創作的な表情のある写真に見えませんか?
(やはり、私の独りよがりな目の狂いなんでしょうね?)
今後は、時々「散歩道」をテーマに路傍の何気ない自然の表情を、
写真掲載したいと思います。
2007年04月08日
桃源郷(その二)
昨日に続き、私が命名した桃源郷にご案内します。
この木の名前はわかりませんが、木の下にたたずみ上を眺めると、天に伸びきった枝・葉が覆いかぶさるように迫ってきます。この木を仰ぐ度に思うことは、迫る圧巻をデザイン化できないものかとデッサンしたりしますが、満足できるスケッチになりません。しかし諦めず挑戦して
私の課題として模索し続けたいと考えています。
出来ましたらブログに掲載します。
この木の名前はわかりませんが、木の下にたたずみ上を眺めると、天に伸びきった枝・葉が覆いかぶさるように迫ってきます。この木を仰ぐ度に思うことは、迫る圧巻をデザイン化できないものかとデッサンしたりしますが、満足できるスケッチになりません。しかし諦めず挑戦して
私の課題として模索し続けたいと考えています。
出来ましたらブログに掲載します。
2007年04月07日
桃源郷(その一)
その不思議な空間は私の家の裏山にあります。その土地は宅地に隣接し谷状になるため坂道を下る事になり、人の山で軽トラが走るぐらいの道もあります。
数分歩きますと300坪ぐらいの平坦な土地に出ます。
昔、人が住んで居た形跡もありますが、今はすっかり雑草に覆われて、その土地に立ち、周りを見渡すと、満開の桜もあり、栗などの雑木林も見えます。
遠くには高々とした竹林が見え、耳を澄ますと、鳥のさえずり、風が吹くと、枝や葉の擦れ合う音さえ聞こえてきます。
自然に囲まれ、この静寂さに身を置くと、心が洗われ、素直になる自分を感じます。
数分でこのような気持ちにさせる所、不思議な空間としか言いようがありません。
息子は初めて見たとき「桃源郷だ」とすかさず言いました。
毎朝、愛犬「ナル」を連れて散歩します。この地を歩く時、感謝と幸せを感じます。
折々、散歩道の風景をご案内したいと思います。
数分歩きますと300坪ぐらいの平坦な土地に出ます。
昔、人が住んで居た形跡もありますが、今はすっかり雑草に覆われて、その土地に立ち、周りを見渡すと、満開の桜もあり、栗などの雑木林も見えます。
遠くには高々とした竹林が見え、耳を澄ますと、鳥のさえずり、風が吹くと、枝や葉の擦れ合う音さえ聞こえてきます。
自然に囲まれ、この静寂さに身を置くと、心が洗われ、素直になる自分を感じます。
数分でこのような気持ちにさせる所、不思議な空間としか言いようがありません。
息子は初めて見たとき「桃源郷だ」とすかさず言いました。
毎朝、愛犬「ナル」を連れて散歩します。この地を歩く時、感謝と幸せを感じます。
折々、散歩道の風景をご案内したいと思います。
2007年04月05日
2007年04月04日
思いがけない検索
「パソコンこん教室」で検索要領の講習中、我が「彩草工房」が、
検出されました。
工房も立ち上げたばかり、我が工房が検出されるなど思いがけない事で
目を疑いました。
考えてみれば、驚くほどのことではありませんが、
私にとっては大事件です。
最近、取引を始めた婦人服専門の「ファッション まつやま」様が
「生協さん」発行の新聞に掲載した記事が検索されたようです。
このお店は商品に工芸的な雰囲気があり、、飛び込みで取引をお願いしました。
お店のディスプレーも行き届き、商品も良く吟味されているように推察しました。
私も過去に「販売管理」の仕事に携わっていましたので、それとなく判ります。
このお店に、下のような記事で掲載されますとうれしく、作品にも自信が持てます。
そして毎日の制作に誠意を以って望めば、やはり見てくれる人が居るんだと
感謝の念でいっぱいでした。
検出されました。
工房も立ち上げたばかり、我が工房が検出されるなど思いがけない事で
目を疑いました。
考えてみれば、驚くほどのことではありませんが、
私にとっては大事件です。
最近、取引を始めた婦人服専門の「ファッション まつやま」様が
「生協さん」発行の新聞に掲載した記事が検索されたようです。
このお店は商品に工芸的な雰囲気があり、、飛び込みで取引をお願いしました。
お店のディスプレーも行き届き、商品も良く吟味されているように推察しました。
私も過去に「販売管理」の仕事に携わっていましたので、それとなく判ります。
このお店に、下のような記事で掲載されますとうれしく、作品にも自信が持てます。
そして毎日の制作に誠意を以って望めば、やはり見てくれる人が居るんだと
感謝の念でいっぱいでした。







